『万葉集』には4500首以上の和歌が収められており、多くの生物が登場しています。人々にとって身近な存在であった犬や鹿、猪、馬、牛、鳥、狐、兎、ムササビ、猿、熊、鯨、さらに、日本には生息していない虎までもが登場していますが、狼(ニホンオオカミ)が登場する和歌は一首もありません。
あえて言えば、「眞神原」という地名で登場する、とはいえますが、このブログの記事「眞神原(まかみがはら)という地名」で紹介したとおり、その地名が本当に狼に由来しているのかは不明で、「眞神原」を詩に詠んだ人が狼のことを意識していたのかどうかはわかりません。
それを踏まえた上で、『万葉集』の中で「眞神原」が登場する和歌を紹介します。
『万葉集』には、「眞神原」を詠んだ和歌が、「巻第二 挽歌」、「巻第八 冬雑歌」、「巻第十三 相聞歌」に、少なくとも3首見ることができます。その中で、今回ご紹介するのは、「巻第十三 相聞歌」に収められている和歌です。
万葉集第十三相聞に収められたこの和歌は、作者不詳です。
ちなみに、万葉集の和歌は、「雑歌(ぞうか)」(宴や旅行での歌)、「相聞歌(そうもんか)」(男女の恋の歌)、「挽歌(ばんか)」(人の死に関する歌)の三つのジャンルに分かれており、この和歌は、「相聞」に分類されています。
万葉集 第十三 相聞歌
古文
三二六八
みもろの 神なび山ゆ との曇り 雨は降り来ぬ 天霧らひ 風さへ吹きぬ 大口の 真神の原ゆ 思ひつつ 帰りにし人 家に至りきや
反歌
三二六九
帰りにし人を思ふとぬばたまのその夜は我れも寐も寝かねてき
現代文
三二六八
みもろの神なび山の方から、空一面に雲が広がってきて、雨はついに降りはじめた。辺りが薄暗く煙って風まで吹きだした。大口の真神の原、心細いこの原を思いに耽りながら帰って行った人、あの方は、もう家に辿りついたであろうか。
反歌
三二六九
帰って行ったあの人のことを思うにつけて、その日の夜は、私も、寝ようにも寝られなかった。
参考
- 作者不詳
- 「大口の」は眞神の枕詞。眞神(狼)の口が大きい意。ただし、「大口の」を枕詞ととらず、「大口眞神原」がそもそもの地名だったという見方もある。詳細はこのブログ記事「眞神原という地名」に記載。