前回の記事『「動物の権利(Animal rights)」と「5つの自由(Five Freedoms)」』で、日本の家畜動物たちの残酷な現状について、ほんのわずかですが触れさせていただきました。
他の方の記事を見ると、ただ言葉だけで「動物福祉(Animal welfare)」を語るのではなく、実際に農場や屠殺場を訪れ、現場を見て考察されている方もおられ、すごいなと思います。正直、今の私にはとてもできません。
ただ、革製品を使い(選ぶ、選ばないを別に、日常に革や毛皮製品はあふれています)、肉や卵を食べている以上、私たちはそれがどのような過程をたどり私たちの手元にあるのかを知る必要があります。そして、それがただの製品や食品ではなく、私たちと同じ「命」であることを自覚し、犠牲となった動物たちのことを考えなくてはなりません。
フランスの哲学者、ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712年-1778年)は、1775年に発表した「人間不平等起源論」 の序文において、「人間は知性と自立した意思を欠いた存在ではないが、出発点は動物である」、「動物は感覚を持つ存在であるため自然権を持つものに含まれるべきであり、人間は動物に対して責務を負っている」、「無益に虐待されることのない権利を有する」と記述しています。
「動物に対して責任を負う」とは、どういうことでしょう。
ちなみに、私は食べ物を残すのが大嫌いです。最近では、ダイエットや健康意識の高まりから、テレビでも平気で食事を残す様子が放送されています。また、学校給食でも、「残さず全部食べましょう」という教育をすると、「全部食べて子どもがおなかの具合が悪くなる方がなお悪い」などと反対する人たちもいるようです。
正直、まちがっていると思います。
動物の飼育から搬送、そして屠殺の一連の現場を見て、それでも平気で残すことができるでしょうか?
私たちは、食べる前に「いただきます」と手を合わせ、食べ終わったあと「ごちそうさまでした」と手を合わせます。これは、犠牲となった命への感謝、そして育て、加工し、届けてくれる方たちへの感謝の気持ちだと、まずは家庭、そして幼稚園、小学校で教えられてきました。
食べ物は、お肉、野菜、穀物、果物――全てが命です。お肉でなくても、出汁として使われている動物の命はたくさんあります。
もちろん、様々な事情で給食を全て食べることのできない子どもはいるでしょう。その場合、その子に沿ったケアが必要です。無理矢理食べさせることは、身体的にも精神的にも良くないことです。また、私たちも、体調などにより目の前の食事を残さざるを得ない状況もあります。
様々な事情があることは知っています。でも、「残すのが当たり前」になってはいけないと思います。
私たちには「考える力」があります。食べきれないのであれば、食べきれる分だけ作ればいい。使い切れないのであれば、使い切れるだけ買えばいい。残さない工夫は、ほんの少し頭を使うだけで簡単に実行できます。そうすることで、無駄に殺される動物たち、無駄に収穫される植物たちを減らすことができます。
「動物福祉(Animal welfare)」の実現は、行政や生産者たちの取組も必要ですが、それらが実現する大前提として私たち消費者の意識があります。
動物がかわいそうだから肉を食べるのはやめよう――そうなれば良いのでしょうが、ヒトは雑食性で肉も食べる生物です。全てのヒトが肉を食べないというのは無理な話です。
動物と対等な立場で戦い、勝者としてその肉をいただく――これも理想的ですが、今更原始的な生活に戻れるわけもなく、例えそうしたとしても、社会が失うものは大きいでしょう。
今、培養肉の取組が注目されています。
培養肉とは動物の幹細胞を培養し、人工的に製造するもので、これが普及すれば、動物を殺す必要がなく、私は早くこれが安価な価格で市場に出るようになってほしいと思っているのですが、2013年イギリスで試食された培養肉のハンバーガー1個の価格は、研究費込みで約3,500万円とか――やがては私たちの手元に届くかもしれませんが、その実現はしばらく待つ必要がありそうです。
では、今私たちにできる「動物福祉(Animal welfare)」のための行動は何なのでしょう。
様々な方法があるのでしょうが、その一つに「動物福祉(Animal welfare)認定食品」を購入するという方法があります。
「動物福祉(Animal welfare)認定食品」とは
近年「フェアトレード商品」という言葉が普及しつつあります。フェアトレードとは、日本語で「公平な取引・貿易」という意味で、すなわち発展途上国での労働者・生産者の適正な労働環境、適正な価格での取引、そして児童労働をさせていないなどと認められる商品に認証ラベルを付して販売することで、消費者のフェアトレードに対する意識を高めさせ、さらには意識的に認定商品を購入するようになることで、途上国の人々の暮らしを守ろうとする取組のことです。
そして、家畜動物たちの権利を守るための取組の一つが、「動物福祉(Animal welfare)認定食品」です。
「動物福祉(Animal welfare)認定食品」とは、養豚場における妊娠ストールや養鶏場におけるバタリーケージを使用せず、家畜動物たちを、その動物本来の習性に従った自由な行動のもと飼育し、そして、できるだけ苦痛や恐怖の少ない状態で屠殺を行っていると認定された食品に表示されるもので、日本でも一部でその取組は始められていますが、一般のお店でその商品を見かけることは少ないと思います。
「動物福祉(Animal welfare)認定食品」の取組は、ヨーロッパから始まりました。これは、動物福祉(Animal welfare)の福祉の実現という目的の他に、安全で良質な食品の確保という側面もあります。つまり、苦痛を与えられていない動物の肉は、苦痛の中で育ち、殺された動物の肉や卵より安全でおいしいということです。(結局は人間の都合――という側面もありますが、動機はどうあれ動物福祉(Animal welfare)の取組が進められていることは大いに評価すべきことです。)
商品を選び、購入するのは消費者であり、「動物福祉(Animal welfare)食品」の普及には、消費者に選ばれるために市場で競争していくことが重要であり、必要不可欠です。
消費者がより「動物福祉(Animal welfare)」を考慮した食品や商品を求めれば、その生産から流通までの市場で競争が起こり、その中で動物福祉(Animal welfare)のレベルが向上していきます。
イギリスでは、世界で最も古く歴史のある動物福祉団体、英国王立動物虐待防止協会(The Royal Society for the Prevention ofCruelty to Animals=RSPCA)(「王立」としていますが、国営ではなく非営利団体であり、寄付金だけで運営されている団体です。1830年にビクトリア女王より認証を得たことで「王立」と名称に記載されています。)が、「動物福祉(Animal welfare)」の基準を満たした食品に「フリーダムフード(Freedom Food)」認証ラベルを表示する取組を開始し、現在多くのお店で「フリーダムフード(Freedom Food)」食品を見ることができます。
ちなみに、2013年に英国環境・食料・農村地域省(DEFRA)が行った消費者意識調査で、イギリス人が食品を購入する際に最も意識することは「自国産であること」で34%、続いて多かったのが「動物福祉に関わる規準」で23%となっています。
そして、この取組はヨーロッパ各地へと広がっていきます。
EUは、消費者が「動物福祉(Animal welfare)食品」を受け入れるためには科学的で客観的な評価指標が必要であると考え、2004年から「家畜福祉品(WQ=Welfare Quality)プロジェクト」を5カ年計画で実施し、家畜福祉総合的評価システムを構築しました。
オランダ動物保護協会は、2007年に「ベターレーベン商標(Beter Leven Kenmerk=家畜とヒトがより満足する生活商標)」を導入し、星の数で動物福祉(Animal welfare)の基準を評価して出荷・販売する取組を始めました。そして2010年にEU有機ロゴとオランダの有機認証団体EKOのロゴが結合。その結果、ベターレーベン食品の売上は、2008年に6,800万ユーロ(約95億2千万円)だったのか、2010年には1億5,400万ユーロ(約215億6千万円)、そして2013年には4億7,300万ユーロ(約662億6千万円)と、確実にその需要を伸ばしてます(1ユーロ=140円として計算)。
実際、これら「動物福祉(Animal welfare)認証食品」は、普通の商品よりも2~3割ほど高価なのですが、それでも多くの消費者がそれを選び購入していることがわかります。
それでは、日本ではどうでしょう。
日本の「動物福祉(Animal welfare)認証食品」の取組
日本では、残念ながら「動物福祉(Animal welfare)認証食品」をお店で見ることは少ないのが現状です。「平飼いの卵」などと独自のパッケージで販売しているものもありますが、広く知られた「動物福祉(Animal welfare)認証食品」、またそのロゴマークというものは存在しません。そして何より、消費者の意識がそこまで追いついていないというのが現状です。
私たちがお店で肉や卵を購入するとき、それを生んでくれた鶏のこと、犠牲となった動物たちのこと、また、その過程で働いている人たちのことを考えるでしょうか?おそらくほとんどの人が、ただの商品・食材としてしか認識していないのではないでしょうか。
日本では、ほとんどの人が「動物福祉(Animal welfare)」という言葉も知らず、関心もないというのが現状でしょう。
ただ、少しずつですが「動物福祉(Animal welfare)」の取組は前進しています。
2016年9月30日、農林水産省は「平成28年度第1回全国畜産課長会議」で、生産者自らがアニマルウェルフェアに関する取組の改善を進めるよう要望しました。
また、厚生労働省は屠殺場での動物たちの取扱(水を与える、長時間放置しないなど)の改善を促す通知を出しています。
そして、その取組は行政だけでなく、民間にも広がりを見せています。
2016年7月、研究者や獣医、生産者、流通業者等で構成される「一般社団法人 アニマルウェルフェア畜産協会(Japan Farm Animal Welfare Association(JFAWA))」は、日本で初めて「アニマルウェルフェア認証制度」を創設し、まずは乳牛を対象としながら、やがては畜産全体に広げられるよう取組を進めています。
2019年1月、北海道士幌高等学校が全国の高等学校で初めて「アニマルウェルフェア(Animal welfare)認証」を取得したということで、新しい若い世代の今後の取組と活躍が期待されます。
このようにまだまだ発展途上である日本の「アニマルウェルフェア(Animal welfare)」ですが、少しずつですが改善への取組は進められています。
そして、何度も言いますが、一番大切なのは、消費者である私たちの意識です。
家畜動物たちの現状を知り、その改善に向けた様々な取組を行う人たちのことを知ったうえで、日常で「アニマルウェルフェア(Animal welfare)」を意識しながら生活していきたいと思います。
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